こんにちは。
今日は、近所の公園で「ひとりお花見」でした。
桜の木は一本だけ。
でも、この桜の木の佇まい好きなんですよね(^^)
公園には他には誰もいなかったけれど。
考えてみれば、私の人生での転機に伴う引っ越しには
何故だか「桜の木」が在りました。
それらは名所の桜ではなく、名もなき「桜」
でもその映像は数十年経っても脳裏にしっかり残っているのです。
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過去、とても凹んでいた時のことです。
仕事帰りの深夜、お気に入りの桜の木の下で一人お花見しました。
ビールとワインをお供に(爆)
妙齢の女性が夜中のお花見・・・(誰も見ていないと思われますが)
「何で一人花見?」と見られたのかもしれませんね。
でもね、当時の私にとって、
そのお花見はとても幸せな体験だったのです。
とても、自由で満ち足りていたのです。
桜の木を独占して堪能する贅沢さ。
根拠もないのですが、「私はきっと大丈夫」と感じたものです。
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一般的に他者視点の「可哀そう」「寂しそう」「こうはなりたくない」
という条件はあるものです。
ある意味、他者其々の思い込み、妄想の世界の条件付けでもあるのです。
でも当事者の中が「幸せで満ち足りていれば」全てOKだと思っています。
だって、自分の世界ですから。
他者の視線を気にしていたら身が持たない('◇')ゞ
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私自身“おひとりさま”を実践しています。
友人と時間を共有することはそれはそれで楽しい時間です。
でも、人目を気にせず自分の愉しみを追求する時間はやっぱり大切です。
これは、趣味でも同じこと。
思い切り自分に我が儘になる時って必要なのだと思います。
その緩急を楽しめるようなライフスタイル理想だなと思います。
余談ですが、「おひとりさま」は十数年前では孤独の象徴。
今となっては市民権を得ているようで嬉しい限り。
一人旅の偏見も無くなってきました♪
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この桜の時期になると、一人花見の記憶が蘇ってきます。
「破壊と創造」を連想させる桜は私にとって原動力かも。
誰にとっても「原動力」となる記憶はあるかもしれません。
貴方にとって忘れられない「記憶」は何でしょうか?
今日も読んで下さってありがとう♪ それでは、また(^^)/