こんにちは、晏藤滉子です。
本日で連続投稿1540回目のブログとなりました(^^♪
今日は「執着」について共有いたしましょう。
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執着という想念・・・固執と共に悪いイメージを抱く人多いことでしょう。
執着の意味は、一つのことに心をとらわれてそこから離れられないこと。度を超す拘り、周囲に無頓着になること。ストーカーもある意味執着の塊です。
執着を抱く人は自分をあらぬ妄想で縛ります。
執着を抱かれた人は一方的な想念で縛られるもの。
どちらも不自由であり、人生に影を落とします。
でもね・・・執着って絶対的な悪ではないと思うのです。
良い意味の執着と悪い意味の執着がある筈・・・つい悪い執着が巷では注目されがち、でも人生を豊かにするために必要な(良い意味の)執着もあると思うのです。
興味や関心を抱く時、例え対象が人間であっても・・・人はロックオンされるものです。それをもっと知りたい深めたい・・・そのことばかり考える。そこには拘束感はなく高揚感が在るはずです。つまり良い意味の執着は発展すれば夢中や推しとなる。対象からの見返りを求めないものです。その境地に達する以前、執着の段階ではまるで虫眼鏡で太陽光の焦点を集め火を起こすようなもの。一点集中・・・そしてジリジリと焼き広げます。
スタートは執着という想念です。でも人を豊かにする執着は決して執着で終わらせない。夢中へと発展するものです。逆にいえば、執着もしないものは夢中にもなれないということです。
その執着は苦しいものなのならば・・・ないものを在ると強いる想念なのでしょう。ないことが内心判っているから自分や対象を縛って平静を保とうとする。
その執着が夢中になるものならば・・・あるものをもっと豊かに潤す想念なのでしょう。その執着によって貴方の魅力が引き出されるような、人生をカラフルにするようなものかもしれません。
執着は上を向くためのエネルギー源になる。
そしてまだ見ぬ世界に私を連れていってくれるものです。
良い意味の執着は決して私を裏切らない! と思うのです。
今日も読んで下さってありがとうございます。 それではまた(^^)/