こんにちは、晏藤滉子です。
本日で連続投稿1494回目のブログとなりました(^^♪
最近友人と世間話していた時のこと。
ふと心の中で「え・・・しっかりしなよ」と呟く瞬間がありました。
それは非難というか呆れているような責めているような冷たい語感。呟いた当人の私が驚きました。
その瞬間は印象深く、暫く頭の片隅に張り付いてしました。
どうしてそんな風に呟いたんだろう・・・と。
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ふと気づいたことは、子供の頃よく母親に言われていたなということ。
「ちゃんとしなさい」「いい加減ね」・・・そういえば母は家事全般得意な人で、部屋の中はいつも片付けられ、引き出しの中なんてパズルのようにキチンと物が納まっている。反対に娘である私は感覚人間で気分屋、大層大雑把なところがある。だからこそ母から見たら私は常に「いい加減な人間」だったのだろう。
人間って面白いもので、自分がされた事を他者にしてしまうという法則がある。
仲間を疑ってしまう人は、信用されなかった経験がある
家族をコントロールしようとしがちな人は、コントロールされていた経験がある
もしかしたら私の「しっかりしなよ」という非難は、母親からの受け売りなのかもしれません。そう思うと合点がいくものです。そうは言っても刷り込まれた経験というものは正直犯人捜しは不毛です。私の場合母親を犯人にしたとしても、母もその親からされたのかもしれません。全然別の人ってこともあるでしょう。ついインナーチャイルドの問題は犯人捜しをしがちだけれど正直意味はないと考えています。
切っ掛けとなる犯人はどこかに居るだろうけど、捕まえる必要はありません。
だって、その受け売りされた概念は既に私の中に寄生しているのだから・・・。
私のすべきことは・・・その概念や価値観を取捨選択すること。
引き継ぎたくないものは私の代で終わらせるという覚悟だけ。
よく家系のカルマ、繰り返される悪しきパターンとか見聞きしますよね。
少なくとも・・・自分がされて嫌だったことは繰り返さない。カルマもパターンも自分が断つという内的宣言(勇気)はとても大切だと思うのです。
今日も読んで下さってありがとうございます。 それではまた(^^)/