星読み・数読み・ジブン読み

晏藤滉子(アンドウ ヒロコ)です。心理学をベースに、西洋占星術と潜在数秘術で「意識の錬金術」を

脳内警察の尋問に応じてはなりません

    

 

こんにちは、晏藤滉子です。

本日で連続投稿1271回目のブログとなりました。

 

今日のテーマは‟脳内警察”について。

“脳内警察”などと物騒な表現をしていますが、顕在領域としての職務であり「思考の声」の主でもあります。

 

「そのまんまの自分」では洗練されなければ単なる「糸の切れた凧」のようになり社会に適合出来なくなってしまうだろう・・・それを顕在意識は恐れています。(余計なお世話のこと多いですが)

 

つまり私達は生きている限り、潜在領域と顕在領域と付き合っていくことになる。それならばその法則をふまえた「付き合い方」をすることが賢明だと考えています。

 

前置き長くなりましたが・・・

脳内警察とは、「ジャッジする声」「拘束する声」です。

 

こんな酷いこと考えて、私は人間として最低だ

私は価値のない人間だ

放っておくと私はすぐ怠けてしまう、だからダメなんだ

 

自らの内面から湧き上がる感情や思考そして行動習慣まで、あたかも取り締まるかのように迫って来るのが脳内警察です。脳内警察の基本前提は「正しく生きること」つまり「○○すべき」というモラルです。それに照らし合わせて私達をジャッジしたり検問を仕掛けてきます。

 

そして脳内警察は自分責めに誘導します。その感情や想いが自分そのものと思い込ませる為に・・・そうすれが身動き出来なくなり、自己卑下し、従順になることを知っているからです。

 

とても大切なことですが・・・

どんな酷い感情を抱いたとしても、それは自分自身ではありません。感情はあくまでも抱いているもの、通り過ぎていくものです。決して自分と同一化するものではありません。

 

だからこそ、抱く思考や感情を理由に責められ詰問されるのはある意味“冤罪”です。感情を抱く自分を責め続け、結果「私が悪かった」と自白させられたのだから。

 

どんな酷い感情を抱いても何の罪もありません。何を感じようが想おうが自由です。たまたま想いを持っていただけのこと。それで自分を責めることはエネルギーと時間の無駄遣い・・・パワーの駄々洩れに繋がります。

 

勿論感情を全て周囲に表現しても良いという問題ではありません。その想いを抱くだけなら罪悪感は不要ということです。

 

脳内警察は巧妙に私達を囲い込んできます。

枠から外れないように、思うがまま生きることがないように・・・管理しやすいように。

 

自分責めや罪悪感は、自分自身への冒涜です。

脳内警察に自分の尊厳を売り渡すようなものですから・・・

 

今日も読んで下さってありがとうございます。 ご参考までに。