星読み・数読み・ジブン読み

晏藤滉子(アンドウ ヒロコ)です。心理学をベースに、西洋占星術と潜在数秘術で「意識の錬金術」を

復讐の為の不幸は百害あって一利なし

 

 

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こんにちは、晏藤滉子です。

連続投稿890日目の本日のブログです。

 

今日のテーマは「復讐のための不幸」

不幸というのは被害者とも置き換えられます。

 

復讐というと物騒ですが、人間関係ではとても多くあることです。

 

学校や職場でのいじめ

合わない両親との確執

理不尽なパートナーの言動に傷ついて

恋人の裏切りでボロボロになって

 

他者によって傷つけられることは大なり小なり経験あると思います。

けれど時が経ち、其の人達との距離もあき、一見そのトラブルは小休止したと見えても当人はずっと引きずっているものです。「あの時の言葉」「あの人の表情」は簡単に消えるものではありません、人間ですから。そんな時人間は心の奥底で「復讐劇」を胸に抱く場合があります。復讐は人間特有の思考回路。動物の復讐劇はライオンキングくらいのものです。

 

その復讐劇とは・・・「こんなに私が不幸なのはお前のせい!」、被害者になることがとても多いのです。特に幼少期や傷が深い場合起こりがちになると思います。それを相手に伝える事は殆どない「静かな復讐劇」。恐らく一歩通行のまま続くのでしょう。だから被害者は被害者のまま生きていくことになるのです。例え相手がこの世に居なくなったとしてもです。 

 

私自身も経験があります。

私の場合は、「私が不幸でやさぐれていたら、相手が喜ぶだけ!」と必要以上に頑張った時期がありました。ちゃんと生活をして幸せになって見返してやる!・・・そんな復讐劇に何年間も費やしていました。そう思うことで、崩れ落ちないようにしていただけなのかもしれません。

 

復讐の為、被害者になろうとするのか見返そうとするのか。

見る限りでは真逆の生き方ですが、根っこは紛れもなく同じです。

それは「相手」在りきの人生の価値だから。「相手」にこう思わせたい! というコントロールの沼に嵌ってしまっているのです。

 

相手をコントロールすることは土台無理なことです。

そこに何年も何十年もエネルギーを費やしても、私は幸せにはなれない。

 

辛かったし悲しかったし・・・そう思わなくちゃやってられない時期も確かにあったと思います。そこから無理に引き剥がそうとしなくても大丈夫です。それは不毛な復讐劇であり、自分の生き方や幸せを決めるのは自分自身だと、少なくとも自覚することでOKです。

 

私の人生の舵取りをするのは私だけ。相手には指一本触れさせない。

其れこそが本当の意味の復讐だと思うのです。

 

 

今日も読んで下さってありがとうございます。 ご参考までに(^^)/