こんにちは、晏藤滉子です。
今日は私が経験した失敗案件。人生の揺り戻しについて共有したしましょう。
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中途半端ないい人を辞めてみる・・・
4年くらい前、そう自分に約束しました。
中途半端に頑張らない
中途半端に物分かりよくしない
中途半端に頷かない・・・
薄々分かっていたものの、それがどうにも私の足枷になっていると気づいていたから。
「中途半端に○○」って、今までの時代では都合の良い在り方でした。
面倒で厄介なことはしないし、善良な雰囲気だし
とんがっていないし、空気を乱すこともしない
中途半端って、そこそこな状態を意味します。
だから私自身も都合よく使っていたのでしょう。
特に人間関係や集団の中では・・・
本当の私は、オタク気質で極端。関心があればトコトン深堀するけれど、興味がなければ完全スルー。人を忖度でヨイショするなんて苦痛でしかない。群れるよりも一人でいたい。
そんな人間が「中途半端仮面」を被って生きるなんて、心は疲弊し消耗するものです。そこで「中途半端ないい人からの卒業」を決意した訳です。
でも、ずっと被っていた「中途半端仮面」は私のキャラとなり馴染んでいました。
それを軌道修正するのはリハビリのように、毎日毎日の積み重ね。
まるで玉ねぎの薄皮を剝くように・・・リハビリを頑張って、次第に効果もチラホラ見えてきた。
そんな時、ある新規の仕事を引き受けました。
詳細は避けますが、それが私にとっては過去の自分に戻るような状況に陥ったのでした。
というのは、「中途半端仮面」を被らないとどうにも納まらない雰囲気になってしまう。自分のとんがったところ、オタク気質で拘るところ、群れないところを封印しなければこの仕事で私は認められないと自ら思い込んでしまったのです。
唯一の後悔は・・・その時点で離れる選択もありました。
でも、私は頑張ってみよう・・・と中途半端仮面を自ら被り直ししてしまったのです。でも、所詮仮面とは嘘の顔。ぎこちなさを周囲に気取られていたのかもしれません。
あんなにリハビリ頑張ってきたのに・・・油断してたのか?とち狂ったのか?
その結果はそりゃあもう大変で、私自身が持たなかった(-"-)
海の魚が川で生きられないように、青虫が葉っぱ以外を食べられないように。
自分の本性に気づいたら、仮面は息苦しいだけでしかない。
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リハビリも順調だったのに、何故このような事が起こったのか。
それは、無意識領域では「本当の自分」も存在するけれど、今までのキャラを守ろうとする存在もあるということです。少なくともその中途半端なキャラでずっと生きてきた訳だから、それを総入れ替えするには危険だと無意識領域は判断するのです。
これは、ある意味お試しの揺り戻しです。
これから先・・・どんな自分で生きていくと覚悟を決めているのか問われたようなもの。それに向き合わざるを得ない「出来事」に遭遇するのです。
私は其の落とし穴にまんまと落ちてしまったようです。
これは「本当の自分あるあるなのでしょうね」。
誰でも少なからず揺り戻しは体験するはずです。
そこでどちらの道を選ぶのか・・・それもやっぱり自分の覚悟でしかないようです。
「本当の自分」に還る旅。
道は一本道ではなく、距離優先や景観優先・・・複数ルートが存在するものです。
時には道に迷ってSOSを叫ぶ時もあるでしょう。
正直痛いけれど、これが人生の醍醐味なのかもしれませんね。