星読み・数読み・ジブン読み

心理学をベースに、西洋占星術と潜在数秘術で「意識の錬金術」を

安心安全な場と土星のはなし

最近「安心安全」というキーワードが頭をグルグルしていました。

 

もう10年以上前のこと、心理学の学びに入った頃に

師匠から言われ続けた「安心安全」。

 

つまり、曲がりなりにも「人のコア」な部分に関わる立場にあるならば

参加者(クライアント)に「安心安全な場」を提供することが必要最低限。

 

師匠はとても厳しい方でした。

会場に入られただけでピンと張り詰めた雰囲気になり

遅刻するなんて・・・場の雰囲気を壊すようなことなんて・・・

恐ろしくて胃が痛くなりそう。

 

でも、この経験はとても必要なことだったと今では感じています。

 

心理職の場合「コアな部分・秘めた部分」にふれることも当然あります。

クライアントが躊躇なく心の奥底に秘めたモノに気付く過程で

相手を否定するようなジャッジや条件付けの思い込みなど

「尊厳」を傷つけるような意識を少しでも向けることは非常に失礼なこと。

言葉に出さなくてもその空気感は伝わるものです。

 

誰だって「自分をAll ok で受け入れてくれる」前提で大事なものを開示してくれるのではないでしょうか?

 

私自身「あっ今自分の物差しでジャッジしてるな」と感じるとシャッターを閉めてしまうこと・・・・経験ありますので。

 

安心安全な場を創れないセッションは一方通行に終わることが多いような気がします。コアな関係性を築くともなれば尚更です。

 

厳しい師匠がこだわったこと

場の空気を乱すな

人間として当たり前の約束ごとは守りなさい

特定されるような個人的な内容はこの場から出たら絶対口外しない

相手の尊厳を尊重すること etc

 

占星術土星のキーワードを知った時師匠の姿がよぎりました。

師匠の「在り方」は土星のキャラクターそのものだったから。

 

成長過程では厳しく、制限の枠に押し込める生活指導の教師のよう。

融通の利かない、頑固なおじいちゃん先生のような。

 

でもその枠の中で切磋琢磨することで「現実社会で通用する実力を開花させる」下地を育む役割。

土星は成長過程でキャラクターが進化していきます。

土星の厳しさの奥には愛があると感じます。

 

きっと、若い方にとっては土星は嫌われ者かもしれませんね。

大人にならないと分からない苦いキャラだからなーー(^_^;)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前提についての補足

昨日の前提についての補足です。

 

前提は勝手な思い込みで「つい」決め付けてしまうこと。

 

「人に弱音を吐くのはいけないこと」

「いつもきちんと生活しないと後ろ指さされる人間になるんだ」

「いつも冷静に物事を把握しなくちゃいけない。感情的になったらダメ」

「私は一番大切にはされない人間なんだ」

などと・・私は相当かわいくない勝手な思い込みをもっていました。

 

でも、決してこの通りに生きてきた訳ではありません。

 

どちらかというと「~しなくちゃいけないのに!出来ない私はダメ!」

自分にダメだしするための「決めつけ=前提」で登場することが多いかな。

つまり自分自身を「こうしなくちゃ」とがんじがらめに縛りあげていく。

 

 

それで不具合感じなければそれはそれで当人にとって必要な前提なのだと思います。

 

でも何か違う・・・不自然に感じ始めたとき、今までの自分から脱皮するタイミングでした。

 

私のリニューアル版の前提

「信頼できる人に弱みをみせたっていい」

「周囲に感情を素直に表現する」

「抜けたところがあったっていいじゃない」

「自分自身を大切にサポートしていくこと」・・・

 

正直いうと、周囲の人が自然にこの言動しているのを観るたび

「イライラ、ムカムカ」していました。

顔には出さないまでも(そういう前提ずっと持っていたから)内心反応しまくっていました。

 

どうして「イライラ・ムカムカ」していたのか?

 

それは私の心の奥底で「したかったこと」だから。

 

今までの自分を縛ってきた「前提」に蓋をされ認めたくなかった

「したかったこと」。

それを自然とやってしまう人たちが「羨ましかった」だけ。

 

自分のホロスコープからそのことに気付きました。

数年かかりましたが(冥王星がトコトン張り付いていたから)

人生の転機に「自分の意志で決定していく大切さ」を自分の仕事のツール(占星術)から再確認しました。

 

でもね、慣れていないリニューアル版はまだまだぎこちない(^^ゞ

 

意識のベクトルが新旧の前提の間でグルグル錯綜さいているから。

いままで認めたくなった「本当の私」に命を吹き込むのだから

「産みの苦しみ」は必然なのですよね。