こんにちは、晏藤滉子です。
今日はコロナから始まった自粛生活の捉え方など、
最近の気づきを共有いたしましょう。
アクセルとブレーキを踏むカオスな時期
自粛生活も緩やかになり、経済を回す意図で色んな企画が立ち上げられていますよね。
そうは言っても、毎日数字で上がってくる情報は高いまま推移している。油断は出来ない状態です。
外に出るのか、引きこもるのか
人に会うのか、会わないのか
全ての事でアクセルとブレーキを踏んでいるような状態。
ただ世の中的には、どちらもOKと言われているということです。
正にカオスですよね('◇')ゞ
このことは各人の考え方、優先順位、物事の捉え方など
怖いくらいに、個人の内面を「宣言」するようなものです。
普段は取り繕っていても、本性があぶり出される・・・特別な時期といえるでしょう。
自粛生活は断捨離生活
自粛が厳しい頃、誰もが非日常を過ごしました。
働き方、生活様式、休校など・・・世界中の活動が鳴りを潜めました。
これは、今までの当たり前を見直すきっかけになったと思います。
馴れ合いの集まり、時間つぶしの関係性、社交儀礼で始めるような会合、
自分にとってこれは「必要ないな」と思われるものは堂々と見直しすることが
許される。
つまり自分にとって何が必要か無駄なのか意識の断捨離をしていた時期です。
誰もが同じ時期を生きているので、自ずと各人の「考え方」「倫理」があぶり出される。
何が正解という訳ではなく、自分にとって考え方を共感できるか否かが問題。
ドンドン意識の断捨離は進んでいきました。
だから、疎遠になった関係性も実際には多かったことでしょう。
それは家族内でも同じこと。大人であればあるほど、自分の考え方に固執しますから。家庭内で相容れない状況になったかもしれません。
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意識の断捨離の渦中では、「大切にしたいこと」「自分が望むこと」に焦点が絞られた方もいる筈です。今までの生活を維持するために見ないようにしてきた願望や、これだけは譲れないという「自分の尊厳」を自覚することもあったかもしれません。
世界規模で、無自覚ではなく意識的に「自分と向き合う」こととなった、
今までの歴史上類まれな時期を体験していると思うのです。
ネットで世界中の人とも繋がれるし、情報も共有できる。
でもリアルな繋がりは制限され、時間をかけて「自分と向き合うこと」を余儀
なくされる。
凄い時期を目の当たりにしているんだな・・・、
見通しの立たない不安もあるにはあるけれど、
まるで大河ドラマを観ているような錯覚に陥ります。
私達は皆、「類稀な時代の生き証人」なのですよね(^^)
きっと、自粛が完全に解除になったとしても
「以前のまま」に戻らないことでしょう。
その時に、今の経験を経て何を選択していくのか・・・
大河ドラマはまだまだ続くようです。
今日も読んで下さってありがとうございます。 それでは、また♪